書きたいことがたくさんあるのだけど、絵画、絵画と言ってる手前、記憶に残っているうちに話しておこう。
絵画の人物を描いていると眼の描き方に特段気を付ける。ここで人物の思いが伝わると思うからだ。
なのに、モディリアーニは、なぜ瞳のない人物を描くのだろう、と考えていたところ、先日のテレビでずばり茂木健
一郎が、その謎を探究している番組に出会った。テレビはさすが、いろんな角度から探っていく。当然、瞳のある人物も描いている。茂木は赤ちゃんの視線が、相手の顔、特に眼に向くことを知る。さらに、瞳がないと赤ちゃんは相手に無関心になる。
これから、人間は相手の眼に視線が行くことがわかる。瞳を描かないことで視線を他に向ける意味があったのではないかと推定していた。
顔と首が異常に長く表現しているのは、なぜか。長く表現しても美しいとされる各部の配置比が変わらないと
番組では主張していた。
こじつけのようにも感じられたが、面白く見れた。
もっとも納得できたのは、モディリアーニがアフリカ住民の彫像に関心を持っていて、本人もそれに似せた彫像を彫っていたことだ。アフリカの彫像は、顔だちも本人の絵画同様、面長で首長でアーモンド状の眼で瞳もない。
アフリカ住民の彫像から自分なりの表現方法を見出したに違いない。
モディリアーニが結核を病んで35歳で亡くなった3日後、彼の妻ジャンヌ22歳は投身自殺したという。
彼の妻を描いているが、これには瞳が描かれている
